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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)7651号 判決 1987年11月24日

原告

株式会社大林組

右代表者代表取締役

岡田正

右訴訟代理人弁護士

須藤静一

松代隆

被告

更生会社マミヤ光機株式会社管財人

山本晃夫

塚越順一郎

右訴訟代理人弁護士

才口千晴

松嶋英機

主文

一  原告が更生会社マミヤ光機株式会社に対して金七五九八万一二〇四円の更生担保権及び同額の議決権を有することを確定する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一三分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が更生会社マミヤ光機株式会社に対して、金一〇億円の更生担保権及び同額の議決権を有することを確定する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五八年八月二五日マミヤ光機株式会社(以下「マミヤ光機」という。)との間で次のとおりの合意を成立させた。

イ マミヤ光機は、原告に対して、この合意の日から一年半ないし二年以内に、別紙土地目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)を協議によって定めた価額で売り渡す。

ロ 原告は、マミヤ光機に対して、原告が本件土地を買い受けることの保証金として一〇億円の金銭を支払う。この一〇億円は、売買契約が成立したときは、代金の一部に充当する。

ハ マミヤ光機が右イ記載の期間内に本件土地を引き渡すことができないため右売買契約を締結することができないと判断すべきとき、又はマミヤ光機について次の事由が生じたため原告から売買契約を解除されたときは、マミヤ光機は、原告に対して前記一〇億円の金銭に年8.2パーセントの割合による利息を付して返還する。

a 担保物件を滅失、毀損又は価値を著しく減少させたとき。

b 他の債権者から和議、破産又は会社更生等の申立てを受けたとき。

c 他の債権者から仮差押え、仮処分又は滞納処分による差押えを受けたとき。

d その他本合意内容に違反する行為があったとき。

ニ 原告の責めによってこの合意を履行することができず、そのためこの合意が解除されたときは、マミヤ光機は、原告に対して前記一〇億円の金銭を利息を付さずに返還する。

ホ マミヤ光機は、原告に対して、右保証金一〇億円の返還債務を担保するために、別紙工場財団目録記載の工場財団(以下「本件工場財団」という。)につき抵当権を設定する。

2  原告は、昭和五八年八月二五日に前項ロ記載の保証金一〇億円をマミヤ光機に支払い、本件工場財団につき抵当権設定登記を受けたが、3の事由等により前記売買契約を締結することができなかった。

3  マミヤ光機は、昭和五九年七月四日東京地方裁判所において会社更生手続開始決定を受け、被告両名がその管財人に選任された。

4  原告は、昭和五九年七月四日マミヤ光機の更生手続において前記一〇億円の全額を更生担保権及び議決権の額として更生担保権の届出をしたところ、被告らは、昭和六一年五月二〇日の第九回債権調査期日において右届出額の全額について異議を述べた。

よって、原告は、被告らに対して、原告がマミヤ光機の更生手続において一〇億円の更生担保権及び同額の議決権を有することの確定を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。

三  抗弁

1  被告らは、管財人に就任後会社更生法一七七条に基づき、マミヤ光機の一切の財産につき財産評定を実施した。その結果、本件工場財団につき、

土地 二三億〇六〇三万一二六七円

建物     二億五三八三万円

機械・装置 三一八七万九〇〇〇円

工具・器具・備品

八二五万九七三三円

合計  二六億円

という評価結果を得た。

ところで、本件工場財団については、別紙浦和工場財団確定更生担保権者一覧表記載のとおり先順位の更生担保権者が存する(したがって、原告の実質的な順位は二七位である。)。被告らは、昭和六一年五月二〇日の債権調査期日において最先順位から順次右の価額二六億円に達するまで更生担保権として認め、その余はすべて異議を述べた。原告の直前の順位を有する朝日生命保険相互会社に対しては、更生担保権として七四四万四二五九円のみを認め、その余の額については異議を述べたので、原告の届出に係る更生担保権額についても全額異議を述べたのである(被告らは、原告から届け出られた一〇億円については、全額一般更生債権として認めている。)。なお、右朝日生命保険相互会社との間ではその後訴訟上の和解が成立し、合計九八七七万二〇五五円が右会社の更生担保権として認められた。

2  更生担保権の総額は、その目的物の価額によって画されることとなるが、その目的物の価額は、会社更生法一二四条の二の規定により会社の事業が継続するものとして評定された更生手続開始の時における価額となる。

ところで、本件工場財団について会社の事業が継続するものとして評価した価額(以下「継続企業価値」という。)とは何かが問題となるが、そのもっとも適切な評価方法はいわゆる収益還元法による収益価額であると考えられる。本件工場財団について、土地のみをしかも更地として取引価額で評価するのは、その上に存する建物を無視し、法の要求する継続企業価値の趣旨に反し、妥当ではない。また、本件工場財団の土地の面積は、合計1万6065.07平方メートルにも及ぶが、このような大規模な取引事例は希有である。

被告らは、乙第二号証のとおり、本件工場財団の財産評定を行うに当たり、収益還元法を採用して二六億円の価額評価を得たのであるが、この場合マミヤ光機の全体の予想収益額を使用したのは、マミヤ光機の生産拠点が本件工場財団のみであるからであり、資本還元率を一〇パーセントとしたのは、単なる土地のみではなく、有機的に結合された企業体では償却資産や陳腐化の早い固定資産も含まれており、事業継続上のリスクをも加味すると、必然的に土地のみの資本還元率よりも高くなるからである。また、昭和五九年七月から昭和六〇年六月までの収益を考慮していないのは、その当時マミヤ光機は更生手続の開始直後であり事業そのものが正常が状態で行われていなかったからである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実の内、被告らが本件工場財団について合計二六億円とする財産評定を行ったこと、本件工場財団の原告の抵当権に先立つ更生担保権に係る権利者が別紙浦和工場財団確定更生担保権者一覧表記載のとおり存在すること、被告らが原告の届け出た更生担保権について全額異議を述べたことは認め、その余の事実は不知。

2  同2の主張は争う。

破綻に瀕している更生会社について収益還元法を用いるに当たっては、適正に予想収益を把握できるかという問題がある。マミヤ光機の子会社である株式会社シバタマミヤ及びマミヤ商事株式会社は昭和五六年一〇月期から欠損が生じており、連結ベースでも昭和五七年一〇月以降は欠損となっている。すなわちマミヤ光機では、以前から適切な経営が行われていず、このため同社の主要財産である本件工場財団の利用の仕方もかなり非効率的となっている。このような状況で、乙第二号証の鑑定のように、中期事業計画の収益額に若干の修正を加えて予想収益額を見積もってみても、当然低額となり、これを基礎として算出された本件工場財団の収益価額も低額となるのは当然である。

更生担保権の目的物の価額の評価方法については、例えば帳簿価額によるべきであるとするもの、再調達価額で評価すべきものとするもの、収益還元法によるのが妥当であるが、再調達価額、市場価額など他の方法を勘案することも許されるとするもの、収益還元法を標準とすべきであるが、実務上は原価方式、比較方式を併用することが必要とするもの等と見解が分かれており、確立された基準は存在しないのが現状である。したがって、被告らの主張するように、収益還元法のみが唯一の方法ではない。

収益還元法を採用するについては、適正な予想収益と還元利回り率を決定することが必要であるが、更生会社においては、適切な予想収益を把握することは実際問題としては不可能であるか、そうでなくても著しく困難であって、強いて求めた数値は現実離れした架空の数値となりかねない。予想収益は、通常過去三年ないし五年の自己資本利益率を平均したものに基準時における自己資本額を乗じて求めるといわれているが、更生会社は、一般に何年かの業績の積み重ねにおいて破綻していることを思えば、過去三年ないし五年の期間は、異常な低収益の状態が続いているのが一般であって、これを将来の予想収益算定の根拠とすることはできない。また、同業他社の利益率を利用することも、経営的に行き詰まっている更生会社について普通に営業している他の会社と同様の利益率ないしこれに近いもので律しようとするものであり、不合理である。

宅地制度審議会が制定した「不動産鑑定評価基準」の中の不動産の価格に関する諸原則には、最有効使用の原則というものがあり、その内容は、不動産の価格はその不動産の効用が最高度に発揮される可能性に富む使用(最有効使用)を前提として把握される価格を標準として形成されるというものである。すなわち、不動産につき異なった用途に供しようとする需要家が競合したときは、もっとも高い価格で買い得る需要家が投機的又は思惑的なものを除いて、その不動産を最も有効に利用することができる者であり、だからこそ最も高い価格で買うことができるのであって、これにより価格が形成される。ただし、鑑定評価の基礎となる土地の利用方法については、社会一般が通常採用するであろうと認められる使用方法を前提とし、特別の使用方法は考慮しないという考え方を基本とすべきである。したがって不動産の鑑定に当たっては、その不動産の最も妥当と認められる使用状態(最有効使用の状態)を前提とした価格を採用すべきである。被告が本件工場財団の財産評定において行った鑑定の方法は、従前の使用方法と大差ない使用方法を前提としている。このような使用方法が最有効使用になっていないことは、被告らの鑑定人も認めている。本件工場財団は新宿から電車で三二分という交通至便な場所にあり、地価はかなり高い。このように清算価格がかなり高いときは、収益力の低い工場を存置するのは経営上不合理であるから、企業は継続するとしても、本件工場財団は処分すべきであるということになるのである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因事実については当事者間に争いがない。

二そこで、抗弁について判断するに、

1  抗弁1の内、被告らが就任後会社更生法の手続によって財産評定を行い、本件工場財団の価額を総額二六億円と評価したこと、また、被告らが原告が更生担保権として届け出た一〇億円について全額異議を述べたことは当事者間に争いがない。

いずれも<省略>を総合すると、原告に先立つ担保権の順位を有する更生担保権者は別紙浦和工場財団確定更生担保権者一覧表記載のとおりであり、被告らは、原告の抵当権の直前の順位を有する更生担保権者である朝日生命保険相互会社の届出債権の内七四四万四二五九円については更生担保権として認めたが、残余の額について異議を述べたところ、その後朝日生命保険相互会社と被告らとの間で訴訟上の和解が成立し、最終的に右会社について九八七七万二〇五五円の更生担保権が確定したこと、その結果原告に先立つ担保権を有する更生担保権者の更生担保権の総額は前記一覧表記載のとおり二六億九一三二万七七九六円となって確定したことを認めることができる。

2  会社更生手続において更生担保権として届け出られた債権の内、実際に更生担保権として処遇されるものの額は、その担保権の目的となっている不動産等の価額の範囲内のものに限られるところ、その不動産等の価額の評価は、会社更生法一二四条の二の規定により、「会社の事業が継続するものとして評定した更生手続開始の時における価額」、すなわち継続企業価値によって算定すべきものである。したがって、更生担保権の目的たる不動産等の価額の算定を行うに当たっては、清算価額の考え方を採用することはできず、継続企業価値のみを求める観点で行うべきであるが、そのことは、将来にわたり会社の事業が継続することを前提とした価額評価でなければならないとの制約を意味するのであって、その趣旨からみれば、いわゆる事業用資産の価額評価については、処分価額ではなく、収益還元法による収益価額を算定することが右の考え方に最も即しているということができる。したがって、収益還元法による収益価額を求める方法がこの場合の標準的な評価方法であるということができるのであり、例えば、更生会社が自らの収益力に頼って更生担保権及び更生債権の弁済を遂行するという内容の更生計画が立てられると見込まれる場合、又は右のような収益弁済計画ではなく外部から導入される新資本を原資とする弁済計画が立てられられると見込まれるが、事業用資産を売却する予定はなく、その資産の収益力が将来における更生会社の存続の基礎となると予想される場合などにおいては、その事業用資産の価額評定において処分価額の考え方を容れる理由は見い出しがたく、専ら収益還元法による収益価額を採用すべきであるということができる(実際には財産評価の時の見込みと認可された更生計画の内容とが齟齬することが有り得るが、財産価額の算定は本来「評価」の問題であるから、見込みに基づいて価額算定が行われるのはやむを得ないものと考えられる。)。

ところで、収益還元法を採用するについては、更生会社について適切な予想収益額と資本還元率を算定することが必要であるが、財産の価額評定時においては更生会社の財務状態は悪化しているのが通例であるから、現実には、算出された収益価額の精度について十分な確信が得られない場合があることが予想される。しかしながら、収益還元法による収益価額を求めるに当たっては、更生手続開始の日を基準日として、本来合理的な企業人が善良な管理者として当該企業の実状に即して効率良く利益を上げるべく努力をしたならば上げられたであろう収益額を算定し、その企業に適切な資本還元率を用いることによって、合理的な収益価額を求めるべきであると解される。もっとも、右のような考え方の下で各種の経営指標若しくは数値の選択、修正又は査定の作業を行うとしても、本来これは高度な判断の領域に属する認定問題であって、事柄の性質上、ある程度の困難と誤差を伴うものと予想せざるを得ない。

したがって、事業用資産の継続企業価値を求めるに当たっては、求められた収益価額の精度に応じ、継続企業価値の考え方の枠組を超えない範囲内で、他の方法によって得られた価額評価の結果を加味することにより、標準となるべき収益価額に若干の修正を加える余地を認めることもまたやむを得ないものと考えられる。

3  この観点から本件工場財団の価額の評価方法を検討するに、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

イ  マミヤ光機は、昭和一五年に東京都文京区東方町において創業した「マミヤ光機製作所」をその前身とするものであり、独創的な距離計連動スプリングカメラを開発してその製造販売を行っていたが、昭和二五年一二月事業拡大のため資本金一八〇〇万円の株式会社として法人化し、昭和三六年一〇月には株式を東京証券取引所第二部に上場するに至った。主たる製品は大中判カメラ及びレンズであったが、昭和五四年以降本格的にいわゆる三五ミリ一眼レフカメラの製造販売の事業に進出した。しかし、右の事業市場は大手企業の独占下にあり、三五ミリ一眼レフカメラの事業の継続は次第に更生会社の業績を悪化させることとなった。また、更生会社の事業内容はカメラ製造部門に依存しすぎて他の事業部門の導入が遅れ、昭和五八年六月からスーパーハンド事業に取り組んで非カメラ部門へ進出しようとしたが、収益に寄与する割合は少なかった。

ところで、マミヤ光機の海外販売権は独占的に株式会社大沢商会(以下「大沢商会」という。)に委ねられていたところ、業績の悪化に伴い、事業資金の調達をも大沢商会及びその関連会社に依存せざるを得なくなった。すなわち、運転資金の確保のため、コストを無視した製造販売を行い、大沢カメラ販売株式会社からの受領した受取手形を割り引いて、資金繰りを図るようになった。

ところが、大沢商会は、昭和五九年二月二九日東京地方裁判所に会社更生手続開始の申立てを行って事実上倒産し、それに伴い、マミヤ光機も同年三月五日会社更生手続開始の申立てをするに至った。また、マミヤ光機の右申立てに伴い、マミヤ光機の子会社である株式会社マミヤ(以下「更生会社マミヤ」という。)、株式会社シバタマミヤ(以下「更生会社シバタマミヤ」という。)及びマミヤ商事株式会社(以下「更生会社マミヤ商事」という。)は、それぞれそのころ会社更生手続開始の申立てを行い、いずれも東京地方裁判所においてその会社更生事件が係属することとなり、それぞれそのころ保全処分決定がされた。

ロ  昭和六二年六月二二日に認可されたマミヤ光機の更生計画によれば、右マミヤ光機の事業再建の基本方針は、三五ミリ一眼レフカメラ及びコンパクトカメラの製造を中止してこの分野から撤退し、従来本件工場財団を中心として行ってきた大中判カメラの製造販売を継続して安定的に利益を確保しつつ、スーパーハンド等の電子機器部門その他の特殊機器部門(非カメラ部門)の割合を徐々に伸ばしていくというものである。また、右計画によれば、各更生会社について一〇〇パーセントの減資を行い、マミヤ光機については新資本五八億円の全額を株式会社コスモエイティによる新株引受けによって調達し、右資金をマミヤ光機の更生債権の弁済原資に充てるほか、いずれもマミヤ光機が全額引き受けることとなる更生会社マミヤ(新資本金七億円)及び更生会社シバタマミヤ(新資本金一億円)の新株の払込金等に充てることとされている(更生会社マミヤ商事は、マミヤ光機に対して営業の全部の譲渡を行い、解散することとなる。)。また、前記更生計画によれば、更生担保権の内、利息損害金の全部、一般更生債権の八〇パーセント及び劣後的更生債権の全額についてそれぞれ免除を受け、免除後の更生担保権及び優先的更生債権については更生計画認可決定の日から六カ月が経過する日の属する月の末日、免除後の一般更生債権については右認可決定の日から四カ月を経過する日の属する月の末日にそれぞれ一括弁済を行って、更生計画上の弁済を終了するものとされている。

三1  右の事実によって明らかなように、マミヤ光機の更生計画においては、従前どおりの事業を継続しつつ、外部から新資本を導入した上、更生担保権のほぼ全額、優先的更生債権の全額及び一般更生債権の二〇パーセント相当額等の更生計画上弁済すべきものと予定された全債権の弁済を比較的短期間の内に行おうとするものであって、会社再建のために本件工場財団の組成物件の譲渡等を予定したものではないということができる。したがって、依然として本件工場財団は、マミヤ光機の大中判カメラの製造部門及びその他電子機器製造部門の中心的役割を担い、更生手続の終結後においてもその収益力がマミヤ光機の事業継続の基礎に据えられているものと認めることができる。そうすると、マミヤ光機の更生計画においてはいわゆる収益弁済方式を採用してはいないが、前述の観点からみて、本件工場財団の継続企業価値を求めるについては、処分価額(取引価額)ではなく、収益還元法による収益価額を基本とすることが会社更生法一二四条の二の規定の趣旨に添い、最も適切な方法であると考えられる。

2  そこで、本件工場財団の収益価額を求めることとするが、まず、本件工場財団の一般的状況をみるに、前顕<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

本件工場財団は、本件土地とその上に存する別紙建物目録記載の各建物(以下「本件建物」という。)及び右建物内に存する別紙機械器具目録記載の各機械器具(以下「本件機械器具」という。)によって組成されているところ、本件土地は、昭和五九年七月四日当時国鉄京浜東北線の北浦和駅の西方約1.8キロメートルの位置に存し、西方約五〇〇メートルの位置に国道一七号線新大宮バイパスが通り、東方約1.8キロメートルの位置に国道一七号線が存した。なお、現在は、当時建設中であったJR埼京線南与野駅の南西約三五〇メートルの位置に存し、交通便は良い。その登記簿上の面積は合計1万6065.07平方メートルであって、周囲をすべて道路で囲まれた東西約一四〇メートル、南北約一一〇メートルのほぼ長方形の形状を有する土地である。付近は、昭和五九年七月四日当時においても商店及び一般住宅の点在する住宅地として開発の途上にある地域であった。

また、本件土地は、都市計画上準工業地域に指定され、建築基準法の規定に基づき地方公共団体の条例で定められた建ぺい率は六〇パーセント、容積率は二〇〇パーセントである。また、本件土地は、西に向かって約一〇〇メートルの位置まではほぼ平坦であるが、その西方はやや下る斜面上にあったため、西側の隣接道路(その位置は本件土地との境界に存する約三メートルの段差の下にある。)から東方へ約三〇メートルの位置に右隣接道路に平行に高さ約二メートルの段差があり、マミヤ光機によって造られたコンクリート製の擁壁の上方に本件土地が東方面に続いている。また、本件土地の東側部分には埼玉県知事の定める都市計画によって幅員約一六メートルの道路建設が予定されており、右都市計画道路はほぼ南北に約一一〇メートルに亙って本件土地を横切ることとなっているが、建設の実施時期は未定である。

3  ところで、本件工場財団の収益価額については、被告らから前顕乙第二号証(株式会社大河内鑑定事務所作成の収益価額の試算書(以下「試算書」という。))及び前顕乙第四号証(株式会社大河内鑑定事務所作成の調査報告書(以下「調査報告書」という。))が提出されているところ、右乙第二号証によれば、右試算書は、収益還元法を用いて、更生会社マミヤ光機について被告ら管財人が更生計画作案成前の昭和六〇年九月六日に従前の業務実績に基づき策定した中期事業計画上の予想収益額を基礎として将来収益の総和を求めたものであり、前顕乙第四号証によれば、右調査報告書は、同じく収益還元法により、昭和六二年六月二二日に認可されたマミヤ光機の更生計画中の事業損益計画表(昭和六一年七月から五年間のもの)における予想収益額を基礎として将来収益の総和を求めたものであることを認めることができる。

しかしながら、前記<証拠>によれば、右調査報告書は、更生計画に従い更生会社マミヤ商事の営業全部をマミヤ光機に譲渡した後のマミヤ光機の全資産についての収益価額を求めたものであって、鑑定人は、更生計画中の事業損益計画表に基づき純収益を査定し、資本還元率に0.08を採用した上、時点修正をも行って、右全資産の昭和五九年七月四日の収益価格を一七億八九〇〇万円と算出したことを認めることができるのであるが、その基礎となった昭和六一年七月から五年間に亙る予想収益額を算定した時期は、基準日に近接しない上、収益力が低下していた時期であり、かつ、円高の影響で輸出が伸び悩んでいた昭和六一年ごろであったと推認されるのであって、その数値の有効性にはなお疑問が残るところである。また、右収益価額は、本件工場財団への割付けをしていないのであるから、厳密な意味で本件工場財団のみの収益価額ということはできないと考えられる。調査報告書がこのような問題点を包蔵するのに対して、前記乙第二号証によれば、試算書は、鑑定人において中期事業計画上の予想収益額に基づき事業の内容を細かく検討した上、前述の基準日である昭和五九年七月四日に近接している昭和六〇年から昭和六二年までの各純収益額を詳細に査定し、資本還元率を0.1として昭和六三年以降の将来収益の総和を算出し、それぞれ時点修正を施して、昭和五九年七月四日当時の本件工場財団の収益価格を二六億円と算出したものであることを認めることができ、なお原告が指摘するように収益力の低下した時期に想定された予想収益額に基づいて行った鑑定であると考える余地があってその精度に難点がないとは言い切れないけれども、比較的問題点は少ないものということができる。そして、前顕甲第五号証に弁論の全趣旨を総合すると、当時のマミヤ光機のほぼ唯一の生産拠点は本件工場財団であったと認めることができるから、右試算書が査定し算出した収益価格二六億円は本件工場財団の収益還元法による収益価額と考えて差し支えないものということができる。

よって、乙第二号証の鑑定評価の結果を採用し、本件工場財団の収益還元法による収益価額は、二六億円と認めるのが相当であるが、前顕乙第二号証に前述したところを総合すると、右収益価額の算定過程の精度にはなお難点があるというべきであって、他の適切な方法により妥当な修正を加えるのが相当であると認められる。

4  そこで、右の修正のために本件工場財団の取引価額を求めることとする。

イ  まず、本件土地の取引価額(更地価格)については、主としていわゆる比較方式によったものと認められる鑑定書が甲第一号証(財団法人日本不動産研究所浦和支所の鑑定書)、第二号証(東和不動産株式会社の鑑定書)、第四号証(開成不動産鑑定事務所の鑑定書)及び乙第一号証(株式会社大河内鑑定事務所の鑑定書)、第三号証(株式会社信和不動産鑑定事務所の鑑定書)として提出されている。

前顕甲第一号証は、本件土地につき、一画地が約一万平方メートルの中層共同住宅の敷地となる整形中間画地を基準画地と想定し、鑑定時(昭和六一年一二月二二日)の価額を求めて時点修正及び格差修正を施す手法と直接昭和五九年七月四日の価額を求めて格差修正を行う手法とを併用しており、鑑定時の価額を求めるについては、①公示価格を基準とした価額、②基準画地の標準価格に比準した価額、③取引事例比較法によって求めた価額、④開発方式によって求めた価額を比較検討した上、それらの各価額を斟酌して本件土地の一平方メートル当たりの価額を二三万円と評価し、時点修正率一一二分の一〇〇と個別格差修正率0.98をそれぞれ乗じて、本件土地全体の更地価額を三二億三〇〇〇万円(一平方メートル当たり二〇万一〇〇〇円)と算定したものであり、昭和五九年七月四日の価額を求めるについては、①公示価格を基準とした価額、②基準画地の標準価格に比準した価額、③取引事例比較法によって求めた各価額を比較検討して、一平方メートル当たり一九万五〇〇〇円と評価し、個別格差修正率0.98を乗じて本件土地全体の右基準の日の価額を三〇億七〇〇〇万円(一平方メートル当たり一九万一〇〇〇円)と算定したものであって、更にこの二つの価額の規範性及び精度を考慮して、最終的な価額を三一億八〇〇〇万円(一平方メートル当たり一九万八〇〇〇円)と判断しているのであるが、同じく比較法によって右更地価額を求めたものと認められる甲第二号証及び第四号証に比して、各種の手法による価額を総合的に検討していると考えられるほか、比較の対象として取り上げた事例も適切であると考えられ、右の三つの鑑定の中では全体として最も精度の高い鑑定であると認められる。

また、乙第一号証及び第三号証においても本件土地の更地価額の鑑定が行われているが、いずれも本件土地の個別格差(都市計画道路の建設が予定されていること及び西側部分に段差があること)を前述の三鑑定よりも大幅な減価要因としている点に特色がある(その他、乙第一号証は本件土地上に七階建のマンションを建設販売した場合の収益額等から更地価格を算出するいわゆる控除法をも加味している。)。しかしながら、取引事例の選択及び比較検討の手法等においてなお甲第一号証の精度が勝っているものと認められるから、基本的には甲第一号証の鑑定結果を採用すべきものと認られる。しかし、前記乙第一号証及び第三号証の各鑑定における個別格差についての判断の趣旨にかんがみると、甲第一号証の判断過程の個別格差修正率0.98はやや少なきに失すると考えられるから、①四方路地付きの点につきプラス四パーセント、②都市計画道路予定地を含む点につきマイナス六パーセント、③一部段差がある点につきマイナス三パーセントの修正を行い、全体として0.95の個別格差修正率を採用するのが相当であると認められる。よって、前述したところと甲第一号証を総合して、本件土地の昭和五九年七月四日当時の更地価額は、次に述べるとおり三〇億八四四九万円と認められる。すなわち、

鑑定時の比較方式による鑑定価格

一平方メートル当たり二三万円

23万円/m2×100/112(時点修正)×0.95=19万5000円/m2

(1000円未満切り捨て)

昭和五九年七月四日の比較方式による鑑定価格

一平方メートル当たり一九万五〇〇〇円

19万5000円/m2×0.95=18万5000円/m2  (1000円未満切り捨て)

双方の価格を甲第一号証の鑑定が行った方法と同様の方法で調節することとすると、本件土地の昭和五九年七月四日の更地価格は、一平方メートル当たり一九万二〇〇〇円と算出される。これに次のとおり本件土地の面積1万6065.07平方メートルを乗ずると三〇億八四四九万円が得られるので、これをもって本件土地(更地)の取引価額と認めるのが相当である(なお、別紙土地目録記載のとおり、本件土地の内、合計56.69平方メートルについてはすでに公衆用道路の敷地と化しているものと認められるが、右土地部分が無価値であると言い切れるだけの証拠はなく、その面積も僅かであることから、本件土地の面積には登記簿上の面積の合計をそのまま採用することとした。)。

19万2000円/m2×1万6065.07m2=30億8449万円 (1万円未満切り捨て)

ロ  次に、本件建物の価格について検討するに、本件建物の価額については、成立に争いのない甲第一一号証(開成不動産鑑定事務所の鑑定書)及び乙第一号証(株式会社大河内鑑定事務所の鑑定書)が提出されているところ、これらの書証によれば、二つの鑑定は、いずれもいわゆる原価法によるもので、本件建物の再調達価格を算定した上、それぞれ減価修正を行って積算価格を求めていること、その結果、前者においては合計二億五三五八万円と、後者においては合計三億一五八〇万円と算定していることが認められる。右各鑑定には、建物の再調達価格自体に差がある上、減価修正率にも多少の差があるけれども、その判断過程を検討しても俄かに甲乙つけがたいものがある。しかし、鑑定時が昭和五九年七月四日により接近しているため、算定した再調達価格が右の基準日のそれと相対的に近似しているものと推認される乙第一号証の鑑定結果に六〇パーセントの比重を置き、甲第一一号証の鑑定結果に四〇パーセントの比重をおいた加重平均値をとることによって本件建物の価額を求めるのが相当であると認められる。その結果、次のとおり本件建物の価額は二億七八四六万八〇〇〇円と認められる。

開成不動産鑑定事務所の鑑定(甲第一一号証) 三億一五八〇万円

株式会社大河内鑑定事務所の鑑定(乙第一号証) 二億五三五八万円

3億1580万円×0.4+2億5358万円×0.6=2億7846万8000円

(1000円未満切り捨て)

ハ  更に、本件機械器具の価額について検討するに、この点については、前顕乙第一号証の株式会社大河内鑑定事務所の鑑定書が提出されているのみであるところ、右乙第一号証によれば、本件機械器具の昭和五九年七月四日における価額は、合計四一五〇万一〇〇〇円と認めるのが相当である。

ニ  以上によれば、昭和五九年七月四日における本件土地の更地価額は三〇億八四四九万円、本件建物の価額は二億七八四六万八〇〇〇円、本件機械器具の価額は四一五〇万一〇〇〇円と認められるが、これら価額の合算額が直ちに本件工場財団の取引価額(処分価額)と評価できるかについてはなお問題がある。すなわち、例えば本件工場財団の現況を大幅に変更して更地として新たな利用をするか、又は他に売却することが現実に予定されている場合であれば格別、現状のまま収益を上げることのみを予定している場合に、本件土地の更地価額等の合算額をそのまま採用することは、本件工場財団の価額評価の方法としては会社更生法一二四条の二が規定する継続企業価値の趣旨に明らかに反するものと考えられる。加えて、前顕乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、土地上に建物が存することによる減価(いわゆる建付減価)を考慮すべきことは鑑定方法として妥当な手法であると認めることができる。したがって、本件工場財団全体の取引価額(処分価額)を認定するに当たっては、本件土地の更地価額につきいわゆる建付減価を相当程度考慮すべきものと考えられるところ、右乙第一号証は、その割合を本件土地の更地価額の一五パーセントと認定しているけれども、右割合は過大であると考えられるのであって、前顕各書証の趣旨に照らして検討すると、本件土地の建付減価の割合としては八パーセントが相当であると認められる。そうすると、本件工場財団の昭和五九年七月四日における取引価額は、次のとおり三一億五七六九万九〇〇〇円であると認めることができる。

30億8449万円×0.92+2億7846万8000円+4150万1000円=31億5769万9000円

(1000円未満切り捨て)

5  以上のとおり、昭和五九年七月四日当時の本件工場財団の価額は、収益還元法による収益価額では二六億円と、比較法及び原価法によった取引価額では三一億五七六九万九〇〇〇円と認めることができるのであるが、会社更生法一二四条の二の規定の趣旨に照らし、主として右収益価額によって本件工場財団の継続企業価値を求めるべきであることは、前述したとおりである。しかし、右収益価額の算出過程における各数値の精度にはなお難点があることにかんがみ、前記取引価額の数値を加味することによって右収益価額に若干の修正を加えるのが妥当であると認められる。すなわち、その方法としては、基本となるべき前記収益価額に七〇パーセントの比重を置き、右取引価額に三〇パーセントの比重を加えた加重平均の方法を用いるのが前述したところに照らして相当であると考えられる。したがって、次のとおり得られた二七億六七三〇万九〇〇〇円をもって本件工場財団の昭和五九年七月四日当時の価額と認めるのが相当である。

26億円×0.7+31億5769万9000円×0.3=27億6730万9000円

(1000円未満切り捨て)

四したがって、右二七億六七三〇万九〇〇〇円から本件工場財団の先順位の更生担保権の合計額である前述の二六億九一三二万七七九六円を控除した七五九八万一二〇四円が原告の更生担保権の額及び会社更生法一二四条三項に規定する議決権の額であると認めることができる。

五よって、原告の本件請求の内、被告らに対して、右七五九八万一二〇四円の更生担保権及び同額の議決権の確定を求める部分については理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官慶田康男)

別紙工場財団目録

工場の名称及び位置

浦和市大字西堀字日向二八番一 マミヤ光機株式会社浦和工場

主たる営業所

東京都文京区大塚三丁目三番一号

営業の種類

光学機械及び電子工学機械の製造

組成物件

別紙土地目録記載の各土地<省略>

別紙建物目録記載の各建物<省略>

別紙機械器具目録記載の各機械器具<省略>

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